【研修旅行・後編】日本最大級のスケール!土津神社「霊神之碑」に刻まれた先人の執念
こんにちは。中島石材店の店主です。
前回に続き、いわき石材工業組合の研修旅行の様子をお届けします。
まだ前編をご覧になっていない方は、ぜひ【研修旅行・前編】山形高畠町編からあわせてご覧ください。
さて、研修旅行2日目は、福島県猪苗代町に佇む、会津藩初代藩主・保科正之公を祀る「土津(はにつ)神社」を参拝いたしました。
あいにくの雨模様となりましたが、境内の深く鮮やかな新緑が美しく、その中で組合員一同が釘付けになったのが「土津神社霊神之碑(れいしんのひ)」です。





「一丈八尺」日本最大級を誇る圧倒的なサイズ感
実物を前にした時の迫力は、想像をハッキリと超えるものでした。
解説看板に記されたその規格は、
主碑(竿石)の高さ:一丈八尺(約5.45m)
幅:六尺(約1.81m)
厚さ:五尺余(約1.51m以上)
と、神社碑としては日本最大級の大きさを誇ります。
この超重量級の碑に使われているのは、地元・磐梯山の麓から切り出された、本物の磐梯山の火山岩(安山岩)です。
重機がない時代に、どうやって?
この碑が建立されたのは、江戸時代初期の延宝3年(1675年)。
当然、現在のような大型クレーンも、重量物を運ぶトラックも、強固なワイヤーすらありません。
これほど巨大な安山岩の塊を山から切り出し、傷をつけずにこの境内まで運び、復興への願いを込めて寸分の狂いもなく垂直に立ち上げる――。計算するだけでも気の遠くなるような重量であり、当時の職人たちがどれほどの人数と時間をかけ、どんな執念で成し遂げたのか、同じ石を扱う者として想像を絶するものがあります。
激しい戦火を耐え抜き、350年以上変わらぬ姿で佇む奇跡
明治初期の戊辰戦争の際、土津神社は新政府軍の攻撃によって社殿がすべて焼き払われてしまうという悲しい歴史を持ちます。
しかし、この「霊神之碑」をはじめとする石造物だけは、その激しい炎や戦火に耐え抜き、奇跡的に無傷のまま当時の姿を留めました。明治時代に神社が再建される際も、この動かせないほど巨大で強固な神碑を中心に社殿が建て直されたのです。
建立から約350年もの間、一切揺らぐことなく会津の激動を見守り続けてきた神碑。雨に濡れることで、安山岩特有の深みのある黒灰色がより一層際立ち、緻密に刻まれた碑文の美しさに、ただただ圧倒されるばかりでした。

2日間の研修を終えて
現代は重機や工具が格段に進歩しましたが、石に向き合う職人の「技術」と「気概」、そして何百年も残る仕事への「誇り」において、私たちは先人たちに勝てているだろうか、と深く考えさせられました。
同業者として背筋が伸びるような素晴らしい刺激をいただいた、大変有意義な2日間の研修旅行となりました。この感動と学びを胸に、明日からの自社のお墓づくり、石材加工の現場へ真摯に活かしてまいります。

